2010年01月17日 (日) | Edit |
阪神淡路大震災から15年(1)の続きです。


次の日、ホテルを出発する前に、新しい情報を説明してもらいました。
「震災の大きい場所は神戸の中心地で、死者は千名を超えそう」と言うことでした。
前の晩にホテルから、家族の安否で電話代がかなりの額をいった人もいました。
連絡を取れた方、まだ取れなていない方もいましたが、不安の中ではありますが全員のアンケートをとり、今後もツアーを続けていくということになりました。関東の方よりも関西の方のほうが「続けたい」という方が多かったそうです。関西の方よりも関東の方のほうが、心境を察してそういう結果になったんでしょう。もちろん関西の方も重い気持ちだったと思いますが、添乗員さんの「我々は災害から逃れられたという気持ちで頑張っていきましょう」という言葉で気持ちが前向きになっていったのかもしれません。暗かった雰囲気も少しずつ明るくなっていき、家族と連絡を取れなかった方も、友達の経由で家族の安全を確認できてきました。神戸の中心に住まれていた方も家はどうであれ、家族の生存を確認できたことで元気を取り戻してきました。関東の方も逆に肩をおされるように元気になっていき、ツアー終盤には一致団結した感じで笑顔でみんなが盛り上がってきました。たぶん全員が全員と会話をしたのではないかと思います。結果的にはツアーに参加した方の家族は全員無事であることを確認できました。
日本へ向かう飛行機の中では、それぞれが買ったお土産を交換しあったり、配ったりと和気藹々な雰囲気でした。
成田空港へ到着し、震災の情報を改めて確認しました。関西から参加された方で帰る手段の無い方は、関東の友達や、ツアーに参加された方の家に泊めてもらうといった方もいらっしゃいました。
最後に参加した全員が添乗員さんを囲って集合しました。みんないろいろな思いで自然に集合したような記憶があります。添乗員さんは「今まで何十回もツアーの添乗員として旅行をしてきましたが、今回のツアーはこれからも絶対に忘れることの出来ない旅となると思います。自分も関西人として不安はありましたが、みなさんから暖かいことばをいただき、頑張ることができました。本当にありがとうございました。被害に遭われた方はまだ不安が残りますが、どうかこれからも精一杯頑張ってください」と語ってくださり、みんな涙で握手を交わし解散しました。

あれからもう15年も経った今でも、あの時のことは鮮明に覚えています。
被害に遭われた方には心からお見舞い申し上げます。

たまに出張で兵庫の方へ行く機会がありますが、神戸の中心地も今は復興が進み、大地震があったことを思わせない景観となりましたが、まだまだ当時の心の傷は残っているはずです。
日本は地震大国です。今日も各地で慰霊祭等が開かれています。あの震災の後もいろいろな所で大きな地震が発生しています。阪神淡路大震災から教訓を受け継いで、救助活動や支援活動が行われています。
またいつどこで大きな地震があるか分かりません。日本でなくても世界でも、この教訓を生かしていければ良いと思います。


乱文、まとまりのない文章で読みにくいと思います。誤字脱字もあるかと思いますがご了承ください。

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コメント
この記事へのコメント
りゅきさん、こんばんは
重みのある文章を読ませて戴きました。
そんなご体験があったのですね……。
私は朝のニュースを見て、心配しながら当時勤めていた高田馬場へと向かいました。
某有名生保会社の事務センターでしたが、若い男性2人がすぐに救援物資を持って神戸へ派遣されましたが、途中から電車では行けず、相当な距離を歩いたと後から聞きました。
その惨状も彼らから聞いたので、あの時の身体が震える感じは、今も忘れられません。

私は関西に知り合いが居ませんでしたが、家族や親戚、友達が居る方の気持ちは如何許りだったか……。
容易に想像出来るだけに、こちらも胸が張り裂けそうでした。
その2ヶ月後には地下鉄サリン事件。
主人が夜勤から帰る時間で気を揉んだ事を思い出します。

1995年と言う年は、何かがおかしい年でした。
余り思い出したくない年ですが、現実から眼を逸らしては行けないんですよね。

でも、昨日テレビで放映していた神戸新聞の当時を描いたドラマは正視出来ず、すぐに見るのを止めてしまいました。
心が弱いです……。
2010/01/17(Sun) 20:47 | URL  | minako #iarYaaiU[ 編集]
No title
あれから15年経つんですね。
ほんと月日の経つのは早いです。
当時、早朝からのテレビを信じられない思いで見ていました。
私は運良く震災とは関わりは無いですが、
それでも毎年この時期になると思い出すので、
被災者の方達やその関係者のみなさんは、
それぞれにこみ上げてくる思いがおありになる事と思います。
私も改めて心の中で手を合わせたいです。
りゅきさんも大変な経験をされたんですね。
ツアーに参加されたみなさんのご家族、
ご親戚に被災者が出なかったことは、ほんとに良かったです。
ブログのお友達の話しでは、ある地区の場合、
川を挟んで運命が決まった様な事を言われてました。
12階のマンションが折れるかと思ったそうです。
その恐怖は、体験した人でないと分かりませんが
どんなにか恐ろしかったことでしょうね。
この大きな犠牲を無駄にする事が決してない様にと思うばかりですよ。
2010/01/17(Sun) 22:01 | URL  | もりぽっぽ #pfjzYbNo[ 編集]
被災関西人です・・・
うつ伏せで寝る癖のあった私、たて揺れで腰がおかしくなりました。
(足が跳ね上がってエビゾリになったんです)

119に電話しても誰も出ないと言う稀有な体験もしました。
(ガス爆発火災を、地域住民だけで消さざるを得ませんでした・・・・・・消防と連絡取れないんですもの、仕方ありません)

この時につくづく思ったのが。
火災や地震などの避難訓練の際には、『救命救急講習』もやらなきゃいけないなぁ・・・って事でした。

火災の火元の住民のお姉ちゃん、幸いにも2度以下の火傷で済みましたが・・・・・・これがもし、意識不明とか心肺停止とかの重症で119と連絡が取れなかったら・・・・・・近隣の医者を呼びに行く間、お姉ちゃんをほうっておくしかなかったんだな・・・と思い至ってぞっとしました。


もし、避難訓練・防災訓練を行う際には・・・・・・心肺蘇生法やAEDの使い方を教えてもらってください・・・・・・。
(・・・って、ココで言う事じゃないかも知れませんが)
2010/01/18(Mon) 06:04 | URL  | すずめ #-[ 編集]
minakoさんへ
こんばんは

あの時の事は貴重な体験だと思ってます。
いろいろな方の気持ちなどをうかがい知ることができました。
人事と思わず、親身になって労わる気持ちがよくわかりました。
いつかはわが身にも・・そういう気持ちで対策を行いたいですね。
2010/01/18(Mon) 20:31 | URL  | りゅき #-[ 編集]
もりぽっぽさんへ
こんばんは

> あれから15年経つんですね。
> ほんと月日の経つのは早いです。

ほんとうに早いです。でも忘れられない出来事ですね。
海外から見てる自分が信じられませんでした。
いつかはまた大きな地震がくるかもしれませんし、
どういう境遇にいるか・・明暗を分けることもあるんでしょう。
先日も大きな地震が海外でありましたけど、
同じ島でもぜんぜん状況が違うんですもんね。
ほんとうに分からないです。
とにかく対策だけはとっておきたいですね。
2010/01/18(Mon) 20:36 | URL  | りゅき #-[ 編集]
すずめさんへ
被災された生の声を聞ける事は貴重ですね。
すずめさんのブログを読んで、ご年配のバケツリレー方法は、
とても関心をおぼえました。やっぱり知恵が違いますね。
震災の教訓などをいつまでも伝えていかなければならないことが、
ほんの小さなことでも役に立つことを思い知らされました。
AEDも会社で訓練しましたが、その時になるとどうだろう。。
進んで実習したいと思いました。
貴重な体験をありがとうございました。
2010/01/18(Mon) 20:42 | URL  | りゅき #-[ 編集]
No title
こんばんわ!

その日は朝から病院に行って、
地震のニュースは病院で見たのを覚えています。
(何で病院に行ったかは思い出せませんが)
りゅきさんの貴重な体験を教えてくださって
ありがとうございます。
日本から遠く離れたところで一致団結!
素晴らしいですね。

そういえば、福岡も地震があったんですよ。
今でも、揺れているものを見るとビクッとします。
2010/01/18(Mon) 22:19 | URL  | misa #sktWpA2Y[ 編集]
misaさんへ
こんばんは☆

みなさん、それぞれ当時のことを思い出しますよね。
たぶん病院にいた時の雰囲気を思い出されたと察します。
自分も海外から日本のニュースを観ると思いませんでした。
貴重な体験と言うか不思議な感覚でした。
地震って怖いですよね。なにか前触れを感じとれればいいのですが・・
お互い気をつけましょうね。
2010/01/19(Tue) 01:30 | URL  | りゅき #-[ 編集]
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